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東京地方裁判所 昭和29年(行)60号 判決

原告 星野吉彦

被告 東京国税局長

訴訟代理人 滝田薫 外三名

主文

被告が原告に対し昭和二十九年六月三十日附でなした原告の昭和二十七年度分所得税の総所得金額を一九九、七三〇円と訂正した決定のうち、一六五、〇〇〇円をこえる部分は、これを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は王子税務署長に対し昭和二十七年度分所得税の総所得金額を一五一、七四七円として確定申告をなしたところ、同署長は昭和二十八年五月六日附で右金額を三七八、五〇〇円と更正する旨の処分をなし、これに対する原告の再調査請求に対し、同年七月六日附で右更正金額を一部取り消して総所得金額を二一九、六〇〇円とする旨の決定をなしたので、原告は更に被告に対し審査の請求をなしたところ、被告は昭和二十九年六月三十日附で右金額を一九九、七三〇円とする旨の決定をなし、原告は同年七月一日その旨の通知を受けた。しかしながら、右の審査決定は原告の総所得金額を不当に高額に認定した違法があるから、総所得金額一六五、〇〇〇円をこえる部分の取消を求める、と陳述し、被告主張事実中昭和二十七年における東京都民の一人当り平均年間生計費は不知、原告の支出した生計費の金額は否認するが、その余の被告主張事実はすべて認める、と述べ、原告は昭和二十四年全くの素人として豆腐屋を開業したものであつて、製造技術が未熟のため失敗することが多く、また病妻を抱えていたので、とても被告の主張するような平均生計費を支出する生活をなし得ず、営業は不振を極めたので、遂に昭和二十七年五月労働者クラブ生活協同組合に就職してその職員となり、月給一二、五〇〇円の支給を受けて辛うじて窮状を脱した状態であつたので、就職までの所得もまた月額にして前記月給を上廻るものではなかつたのであると主張した。

披告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張のとおりの確定申告、更正処分、再調査の決定及び審査の決定がなされたことはすべて認めると述べ、右審査決定が適法であるゆえんを次のとおり主張した。

原告は昭和二十七年度において次のような資産の増減があつた。即ち、

一、資産増 三〇四、八五六円。

(イ)生計費 二九七、九三六円。

原告方の昭和二十七年度における家族数は六人であり、同年中における東京都居住者の一人当り平均年間生計費は四九、六五六円であつたから、原告は同年中に合計二九七、九三六円の生計費を支出したものと推定する。

(ロ)公租、保険 六、九二〇円。

原告は同年中に一、七六〇円の区民税及び五、一六〇円の生命保険料を支払つた。

二、資産減 九、二八〇円

原告は昭和二十七年分の事業税九、二八〇円を同年中に納付する義務を負つたが、その支払をせず、負債として翌年度に繰り越した。

従つて原告は昭和二十七年中に右一、記載の金額を支出し、二、記載の金額を確定債務として負担したから、差引二九五、五七六円の純資産の増加があつたこととなり、右金額は、特別の事情の存しない限り、原告の同年度における所得の変形したものということができる。従つて原告の同年度の総所得金額を右金額の範囲内で一九九、七三〇円と認定してなした本件審査の決定は適法である。

なお、原告がその主張のような生活協同組合の職員となつたという事実は知らないと述べた。

〈証拠 省略〉

理由

原告が王子税務署長に対し昭和二十七年度分所得税の総所得金額一五一、七四七円として確定申告をなしたところ、同署長及び被告がそれぞれ原告主張のとおりの更正処分、再調査の決定及び審査の決定をなしたことは、いずれも当事者間に争いがない。そこで被告が原告の同年度における総所得金額を一九九、七三〇円と認定してなした右審査の決定の適否について判断する。

被告は資産増減法により原告の総所得金額を算出するのであるが、その主張する資産増の大部分は原告の生計費が占めているので、先ず右生計費について検討する。被告は、昭和二十七年中における東京都民の一人当り平均年間生計費が四九、六五六円であり、原告方の生計費も右の水準に達していたものと推測すべきであるから、原告の支出した生計費は、右の金額に原告の家族数を乗じた額であると推定すべきことを主張する。そして、成立に争いのない乙第一号証(総理府統計局作成昭和二十七年消費実態調査年報)の記載によれば、右の平均年間生計費が被告主張のとおりであつた事実を認めることができ、又昭和二十七年中における原告方の家族数が六人であつたことは、当事者間に争いがない。そこで原告の同年中における生活程度が果して右の平均生計費を支出し得る水準に達していたかどうかについて考えてみるのに、成立に争いのない甲第一号証(源泉徴収票)及び甲第二号証(診断書)の各記載に原告本人尋問の結果を総合すると、原告は以前いわゆるかつぎ屋などをしていたが、昭和二十四年十一月「同業者につき豆腐の製造方法を四日間見学したのみで、全く無経験の豆腐屋を開業した関係上、製造技術が拙劣なため製造上ロスが多く、全く製品を得られない日もあつたこと、また妻ふじが昭和二十三年春以来背椎カリエスに罹患し、台所仕事は一切できない状態にあつたこと、他方原告は昭和二十五年度も昭和二十六年度も所轄税務署長から総所得金額を三二万円と更正する処分を受けたが、右金額は原告の近所での最も盛大な営業をしていた同業者の総所得金額と殆んど変らないものであり、原告は右の過大な更正処分を受けたため気持が動揺していたこと、及び右の諸事情が重なつたため、原告の営業は利益が少く、生活は苦しく、配給米のほかは藷類を主食として暮す状態に立ち至つたので、昭和二十七年の初め頃には遂に廃業を決意するに至つたが、友人の勧誘により、同年五月労働者クラブ生活協同組合の職員となり、以後月給一二、五〇〇円の支給を受けるようになつた事実を認定することができるのであつて、右認定を左右するに足りる証拠は顕れていない。もつとも、証人松村勇二郎の証言によれば、同人が昭和二十九年五月頃、東京国税局協議団本部の協議官として本件所得税に関する調査のため原告方におもむいた際、原告方の営業状況は他の同業者と比較して特に良いとも悪いとも認められなかつたというのであるが、右の事実は本件年度の二年後のことであるから、前記の諸事情の認められる本件においては、本件年度における原告の生活程度を証する資料とすることはできない。そして、前記の事実によれば原告は昭和二十七年中においては、前記乙第一号証の記載(その平均生計費が算術平均によるものであると幾何平均によるものであるとを問わず)のとおりの標準的な生活を営み得なかつたものと認めるのが相当である。従つて、被告の主張する生計費については証拠がないものというべく、生計費以外の資産増としては公租、保険合計六、九二〇円の支出(この支出事実は当事者間に争いがない)があるだけであるから、結局被告の主張する資産増減法によつては、被告の主張するような所得の事実を認定できないものと言わざるを得ない。また前記甲第一号証の記載によれば、原告が前記協同組合から支給を受けた給料収入の合計は一〇万円であつて、原告の確定申告額より少く、他に原告の昭和二十七年度における所得金額を算出する根拠となし得べき事実についてなんらの立証もなされていないのであるから、原告の本件年度における総所得金額を一九九、七三〇円と認定してなした被告の本件審査決定は、理由なしに原告の所得金額を認定した違法なものというべきである。従つて右認定金額中原告が主張する一六五、〇〇〇円をこえる部分の本件審査決定の取消を求める本訴請求は理由がある。よつてこれを認容し、訴訟費用は民事訴訟法第八九条により敗訴当事者である被告に負担させることとする。 よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

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